2024年08月18日
あのころ(赤チン)
1960年代、広場で野球などを子供たちでやっていると、擦りむいてひざなど傷だらけになることがよくあった。
そんな時に、救急箱から、母親から「赤チン」を塗ってもらったものだ。
赤い容器にはいっていたが、塗ると黄色に変色した。
肘や、膝を黄色に塗ってもらいながらも、遊びまくる子供たちが大勢いた。
たまに、皮がむけて、包帯を巻いてもらっている子供は、「どうした」などと声をかけてもらって、怪我自慢などしていた。
やがて、傷口にかさぶたが出来て、しばらくすると治っていた。
水銀が含まれているために、1973年に国内では製造中止になったそうだ。
知らないうちに、「マキロン」などに代わっていた。

(DALL-E3で生成)
そんな時に、救急箱から、母親から「赤チン」を塗ってもらったものだ。
赤い容器にはいっていたが、塗ると黄色に変色した。
肘や、膝を黄色に塗ってもらいながらも、遊びまくる子供たちが大勢いた。
たまに、皮がむけて、包帯を巻いてもらっている子供は、「どうした」などと声をかけてもらって、怪我自慢などしていた。
やがて、傷口にかさぶたが出来て、しばらくすると治っていた。
水銀が含まれているために、1973年に国内では製造中止になったそうだ。
知らないうちに、「マキロン」などに代わっていた。

(DALL-E3で生成)
Posted by PC555管理者 at 06:54│Comments(0)
│あのころ
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。